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Friends like Family

by 豆野 仁昭
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ムケシュがテキサスに行く前に、我が家に3日間滞在してくれました。いつものようにカリーやビリヤニなど、美味しい料理を作ってくれました。作手村にも行きました。五平餅などを食べて、川で遊んだり、これもいつも通り、質素ながらも充実した休日を一緒に過ごしました。
最後は早朝に空港までお見送りしました。ムケシュとはWWOOFを通じて知り合って、5年以上の付き合いになりました。奥さんのテジュとの結婚もあり、息子と結婚式に参列しにインドに行ったのも大変だったけど、今では笑い話になるとてもいい思い出です。大学でこれから2年間勉強し、恐らくアメリカで就職することになるでしょう。2人に次いつ会えるのか、まだわかりませんが、きっとまた会えるであろうことは確信しています。
ムケシュとテジュとはWWOOFの基本理念である「Friends like family」のような関係、それよりさらにファミリーな関係になれました。今までそんな関係を感じることができたWWOOFerさんも沢山いました。人種や育ってきた環境が違っても、私たち人間には共通点が本当に沢山あって、あとは私たちがどうコミュニケーションをとるか、シェアしあうか、助けあえるか、そんなことだと思います。

私は世界の平和の実現を信じるし、国や人種が異なる人々が助け合う未来を希望として持っています。もちろんそんなの信じていない人も沢山いるだろうし、実現は困難であることは歴史が証明しているようなものですが、少しずつはよくなっていると感じる部分もあります。臆病も度が過ぎれば、他国への先制攻撃のきっかけになりますが、適度な臆病であれば、食糧の備蓄や環境保全など生きるための真っ当な判断の助けになります。過度な勇気はリスクを取り過ぎて自滅に繋がりますが、適度な勇気は他者へ手を差し伸べる優しさに繋がったりもします。勇気も臆病も結局はバランスなのだと思います。だから人生はいつだって不安定で、生きている限り、生きていたい限り、私たちはバランスを取り続ける必要があるはずです。水を飲む、野菜を食べる、トイレに行く、これらだって体内の流れを維持し、バランスを取るための重要な行為です。

便利を求め続けたが故の問題や社会課題も山積している21世紀、人々の暮らしは貧困から抜け出した国も沢山ありますが、自然環境への負荷や汚染が進んでいるのも事実です。私たちはどう生きるか、これはAIには決められません。私たちや私達の代表である政治家が、AIに私たちの行動指針を一任する未来も来るかもしれません。AIは恐らく今のリーダーたちより、人と自然に優しい施策を提案できるはずですが、前提や優先順位の指示次第で一部の人を犠牲するような施策を提案するかもしれません。人が人を貶めて豊かになる、そんなサイクルがなくなるように、私たち庶民は権力を持とうとする人を厳しく監視する必要があると思います。
こうして異国の人々と交流できる平和な世界が維持される、また拡がっていく未来を心から願います。

夏休みのこどものがっこうのスケジュールがすべて終わりました。今年も沢山の子どもたちが参加してくれ、ほぼ満員で開催することができました。子どもたちが主体的に考え、行動できるようになってほしいと思って、このプログラムを開催しています。またあるがままを親に認めてもらう、許してもらう、与えてもらうのと、私たちのような第三者にそれらを肯定されるのとは、違う文脈があるはずです。人や社会の良心の存在を信じられることは、あらゆる人にとって大事だと思ってやっています。

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